ハロゲンくん・気まぐれ写真日記
身近な鳥を中心にした自然観察ブログです。
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馬込文士村(3)
今日は、馬込文士村の一部を歩いた様子をお伝えしたい。
会社が大森駅東口にあり、1時間の昼休みに行って帰ってくる必要があるのでそう遠くへ行けない。
行ったのは、大森駅西口から西に15分程歩いた厳島神社(山王4丁目23番地)近くで、室生犀星、榊山潤、藤浦洸、室伏高信が住んでいたとのことで看板がある。

(1)まず、厳島神社にある地図でおよその場所を掴んでもらいたい。
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(2)室伏高信、厳島神社内の弁天池の裏手に住んでいたとの説明、自分はこの人の作品を読んだことがない。
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(3)室生犀星、「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの・・・」の詩歌が有名。
なお、これ以下の写真は携帯で撮影したので不鮮明であることをご容赦願いたい。
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(4)榊山潤、70歳で「馬込文士村」という作品を書いたとのことだが、不勉強でまだ読んでいない。
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(5)藤浦洸、自分にはNHKの番組「二十の扉」「私の秘密」などでなじみがある作詞家。
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(カメラ:パナソニックLX2)
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馬込文士村(2)
今日は、日航機が御巣鷹山に墜落してから26年目、坂本九さん等も亡くなり、自分にとっても強烈な記憶がある。
昨日の馬込文士村の続き。

(1)大森駅西口には、馬込文士村の大きな地図が掲げられている。これを見るとかなり広い面積で、昼休みに行ける所は限られてくる。なお、この写真では字が見えないと思います。詳細はネットで調べてね。
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(2)天祖神社脇のレリーフの続きです。
大正から昭和にかけては、日本が急速に力をつけたが、反比例して傲慢になった時代でもある。
当時、文士たちと言われた人たちは、裕福な家庭に育った人たちが多く、享楽的な面があったようだ。
文士村2

(3)文士の相撲大会なども催されたようだが、迫力ある試合になったのだろうか。
文士村3
(カメラ:パナソニックLX2)
馬込文士村(1)
今週になって猛暑がぶり返し、寝苦しい夜が続いている。涼しいときは、暑い夏が、暑いと涼しい夏が恋しくなる。全く我儘なものだ。
今日は、通勤で通っている大森駅近くの馬込文士村を紹介してみたいと思います。

(1)大森駅山王口(西口)を出ると前には写真にある天祖神社、大きな木が鬱蒼と茂っており、祭神が天照大神。
大森駅西口方面は、起伏が大きく、また大きな屋敷が並んでいる高級住宅街だが、他方、東口方面は会社やマンションが多く、全く性格が異なる地区だ。

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(2)天祖神社の急な階段の壁には、レリーフが埋め込まれているので、馬込文士村を概括するには便利だ。
まず、時期は大正から昭和初期のいわゆる大正ロマンと呼ばれた頃のようだ。
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(3)文士としては、石坂洋次郎、宇野千代、尾崎士郎、川端康成、北原白秋、子母澤寛、萩原朔太郎、室生犀星、山本周五郎、山本有三など。自分が読んだことがあるのは、石坂洋次郎、山本周五郎、山本有三の一部の作品のみ、今の若い人たちにはなじみが薄いだろう。
右上は、開業当時の大森駅、右下は、尾崎士郎、宇野千代。
文士村1
(カメラ:パナソニックLX2)
今日はここまで。
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